新Y’sクロニクル

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ヴェネツィア日帰りパドヴァ観光スクロヴェーニ礼拝堂でジョットにひたる【2019年ヴェネツィア&ウイーン旅行㉚】

ヴェネツィア日帰り旅行でヴェローナの次に訪れたパドヴァ。
約6時間の観光の目玉はスクロヴェーニ礼拝堂を飾る西洋絵画の父と呼ばれる
ジョット・ディ・ポンドーネの圧巻のフレスコ画鑑賞です。

芸術にうとい私でも、「西洋絵画の父」と呼ばれるジョットの、それも
最高傑作といわれるフレスコ画鑑賞は楽しみでした。
この最高傑作をパドヴァ以外で見る事はできません。

礼拝堂全体を覆うフレスコ画なので海外持ち出しは不可能です。
この作品と会うために世界中から美術好きや専門家がパドヴァを訪れます。

完全予約制で予約方法などは前回のブログを参照してください。

ここから西洋絵画は始まったCappella degli Scrovegni(スクロヴェーニ礼拝堂)

14世紀初頭、父の代に高利貸し業で財を成したエンリコ・デッリ・スクロヴェーニは、
ローマ時代のアリーナに沿う形で建てられたエンリコ家の邸宅に隣接して礼拝堂を
献堂しました。

なので「アレーナ礼拝堂」とも呼ばれます。
礼拝堂のテーマは「救済」で聖母マリアの慈悲に捧げられました。

キリスト教で高利貸し(初期の銀行業)は最も天国に遠い職業とされていたので、
創業者の父レジナルドの贖罪の為に献堂したといわれています。
レジナルドはダンテの神曲の中でダンテが出会う高利貸しです。
ダンテの描く地獄は9圏からなっており一番罪の軽い1圏にはホメロスがいます( ;∀;)
レジナルドとダンテは7圏で会うのです(*ノωノ)

その頃の当代一の画家ジョットをフィレンツェから呼び寄せ3年かけて完成させました。

礼拝堂の入り口は礼拝堂後陣にあたり、そこにエンリコ・デッリ・スクロヴェーニの石棺が
あります。

エンリコ自身は礼拝堂献堂から15年後ヴェネツィアに定住しそこで生涯を閉じました。
ジョットの宗教画に囲まれてダンテや聖書の呪縛から逃れ安らかに眠っている事でしょう。

礼拝堂の霊廟部分

エンリコの石棺の前方にある彫像はジョバンニ・ピサーノ作「聖母子と二天使」

天上は天空と星を表すラピスアズリの青が印象的です。

天空を表す青い天井

フレスコ画製作には40人の助手がいたとされています。
一連のフレスコ画は37の場面で、側面の壁に上中下三段に分け描かれています。
最上段には聖母マリアの父母ヨアキムとアンナが描かれ、聖母マリアの生涯を描いており、
下の二段にはキリストの生涯が描かれ、『最後の審判』は正面反対側の壁全面に描かれています。
また聖書に描かれた7つの美徳、7つの悪徳も描かれています。

ジョットの作品で一番有名かもしれない「ユダの接吻」または「ユダの裏切り」

ユダの接吻の場面
イエスの表情が厳しい~

下の写真の最上部は「ヨアキム伝」子供を授からないヨアキムとアンナ(マリアの父母)がナザレを
追われてからアンナがお告げまでの場面。

真ん中の部分はイエスの生誕にまつわる物語。

一番下は左から最後の晩餐、弟子の足を洗うイエス。

キリストの磔刑が下部に見られます。

イエスの受難が描かれている壁面

天使も泣き叫んでいるような「キリストの哀悼」
マリアを始め悲嘆にくれる人物達の表情はジョット以前の宗教画にはない描き方です。

キリストの哀悼

入り口上のアーチ付近も美しく飾られております。

礼拝堂の一番奥の正面壁に描かれているのは「最後の審判」

最後の審判

SFアニメのような地獄の図(*ノωノ)

地獄の中央に座る怪獣のように見えるのは看守兼刑執行人の怪獣ケルベルスでしょうか?
背後の龍っぽいこれはドラギニャッツォ?
いずれもダンテの神曲に登場する地獄の住人。
やはり神曲地獄編に登場した父親の業が人生の棘のように感じていたのでしょうね~
ダンテさんも罪な人だ(>_<)

「最後の審判」の目立つ場所には エンリコ・デッリ・スクロヴェーニ が聖母マリアに
礼拝堂を献堂している様子が描かれています。

ここまでしっかりと足跡を残さなければエンリコさんは救われなかったのかもしれませんね。

エンリコさんがその財をいかんなく使って献堂したスクロヴェーニ礼拝堂。
私的な礼拝堂として建てられましたが、公共性も強かったようです。

読み書きのできない一般庶民に聖書の教えがわかるようにと描かれたフレスコ画ですが、
これ以外にも恐ろしい罪の絵もあり、中世の人々の罪の許しを請う思いは強くなったことでしょう。

十字軍にしても「神の名の下に」とヨーロッパから中東に大挙として進軍し、
何世代も中東の人として生きた。
それも突き詰めていうと「地獄に落ちたくは無いから」
ローマ教皇があれほどの力を持ちえたのも「地獄に落ちたくは無いから」

人類が文明を持ち、ほぼ最近に至るまで宗教や神に縛られていた事実に、
あらためて考えさせられたジョットのフレスコ画でした。

ちょこっとジョット~

1266か7年にフィレンツェ近郊で生まれ1337年1月フィレンツェで生涯を閉じた
ジョット・ディ・ポンドーネ。

後期ゴシックの画家、建築家。

フィレンツェのドゥオーモ横の「ジョットの塔」は有名ですね(*^-^*)
ジョットのお墓はドゥオーモ…サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂にあります。

ジョットが「西洋絵画の父」と呼ばれる理由は、ジョットが存在しなければルネサンスはかなり
遅れたのではないか?といわれ、それまでの絵画に「人間の視点」を持ち込んだ画家です。

ジョット以前の宗教画はビザンチン美術の影響が強く、例えば背景はキンキラキンで
イエスは平坦でなんの感情も感じ取れない、周りを飾る天使たちも無表情。

宗教画は読み書きのできない当時の庶民にキリストの教えを分からせる事が
第一義です。
なんなら余分な感情や写実性など余計なのです。
どか~んとインパクトで感じてもらえれば、それで良かったのです。

そこに「人間の視点」を持ち込んだのがジョットでした。
まだ確立されていないとはいえ遠近法や濃淡、そしてジョットの考えるモデルの心理。
それまで画家の社会的観念・・・思想などは全く感じる事ができなかった絵画を
社会的な芸術に押し上げたのがジョットです。

これが現代まで続く西洋絵画の基礎となっています。