新Y’sクロニクル

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ヴェネツィア日帰りパドヴァ編・聖ルカが眠る教会と聖地サンタントニオ聖堂【2019年ヴェネツィア&ウイーン旅行㉜】

パドヴァ観光の計画をたてていて驚いたのは「ルカによる福音書」の著者、聖ルカのお墓が
パドヴァにあるって事(@_@)

クリスチャンではない私にも「聖ルカ」は子供のころから親しみを感じていた。
近所の子供たちが通っていた「聖ルカ幼稚園」もあったし、
「聖路加病院」も東京ではよく知られた病院の一つだ。

ルカによる福音書はとても馴染みがあるので、ぜひ行ってみたいと思った。

さて、パドヴァには『3つの「ない」』という名物がある・・・とパドヴァの人は言います。

名前のない聖人、草のない草原、扉のないカフェ。

名前のない聖人とは「聖アントニオ」の事でアッシジのフランチェスカと並ぶ
大聖人。パドヴァでは「アントニオ」と名前を付けず「お聖さん(イル・サント)」
と呼ばれるという事。

草のない草原とはPrato della Valle(プラート・デッラ・ヴァッレ)の事。
「 Prato 」とは草原を意味しますが、この広場が出来た当時に芝生がなかったのでした。

扉のないカフェとはCaffe' Pedrocchi (カフェ・ペドロッキ)の事。

ペドロッキの正面はドーリア式の円柱が4本あります。
それで「扉のない」という事なのでしょう。
文化人のサロンそして政治集会と歴史のなかで様々な役割を果たしてきたので
誰にでも門戸を開いている・・・という事なのかもしれませんね。

パドヴァで訪問した二つの教会は、
キリスト教になじみの薄い私の様な日本人には『知ら「ない」』大聖地なのでした~(@_@)

サンタ・ジュスティーナ修道院

英国の新聞テレグラフのよればサンタ・ジュスティーナ修道院は
世界で一番大きな教会だという事です。
(サンタ・ジュスティーナ修道院は聖堂とのコンプレックスです)
9,717㎡です。
https://www.telegraph.co.uk/travel/galleries/largest-churches-in-the-world/abbey-of-santa-giustina/

大聖堂ではサンピエトロ、ウエストミンスター、セビリア大聖堂より
遥かに小規模ですが「修道院」または「教会」の括りでって事なんでしょうか?

サンタ・ジュスティーナ修道院
サンタ・ジュスティーナ聖堂部分のファザード

最初の教会は6世紀にまで遡り大地震による崩壊などから改修され、今、見られる姿は
17世紀のものです。
横から見ると大変に大きな建物だという事が分かります。
7つの大きなクーポラ、4つの小さなクーポラ、そして北イタリアで一番美しいと
いわれる鐘楼と修道院部分で成立しています。

殉教者ジュスティーナに捧げられた教会ですが、10世紀に教会を改修するさいに聖人とされた
殉教者の遺骨が次々と発掘されました。
ヴェネディクト派の修道士たちによって殉教者信仰が守られています。

教会内には聖人を祀る祭壇がいくつもありました。

サンタジュスティーナ修道院
サンタジュスティーナ修道院「殉教者たちの井戸」Y'sクロニクル

16世紀に作られた「殉教者の井戸」を覗くと殉教者の遺骨が見えるそうです(@_@)

下の写真は12使徒の中の1人「聖マティアスの墓」です。

聖マティウスの墓
聖マティアスの墓

イエスには12使徒がおり、ユダが裏切ったので後任を2人の候補者から祈りの後
くじ引きでマティアスに決めたのだそうです(@_@)

こちらは「ピエタの礼拝堂」17世紀フィリッポ・パロディ作。

ピエタ像

この「ピエタの礼拝堂」はとても美しく、神聖な空気が流れているように
感じました。
神々しいってこういう感じなんだな~と。

ピエタ像あっぷ

ピエタ像は左のマグダラのマリアそして右の聖ヨハネに守られている構図をとっています。

聖ルカの祭壇はこれだった~

サンタジュスティーナ修道院見学の目的は聖ルカのお墓の見学です。
実は聖堂内部に礼拝堂(墓所)が多すぎて、どれが聖ルカのものなのか?
わからなかったのです。ほぼラテン語かイタリア語ですから💦

下の全く全体を捉えていない写真が目的のものでした😢

聖ルカの墓

棺は左からトーチを持つ天使、楽器を持つ天使そしてルカを現す牛が
彫られています。

なぜパドヴァに聖ルカのお墓があるのか?

聖ルカは84歳の時、ギリシャのテーベで亡くなったとされています。
テーベに埋葬されたルカの遺骨を 4世紀に コンスタンチノープルに移しました。
同じ世紀から8世紀の間ににコンスタンチノープルから
パドヴァのジュスティーナ教会に運ばれたという事です。
今から20年ほど前に科学的な検証を実施し石棺からは保存状態の良い骨格が
見つかり年代、特徴などルカの言い伝えと矛盾しないという結果が得られたという事です。

ちょこっと聖ルカのお話~

新約聖書のハイライトは4つの福音書です。
「マタイによる福音書」「マルコによる福音書」「ルカによる福音書」「ヨハネによる福音書」
イエスが実際に何を話したか?どう考えたか?をそれぞれの視点からイエスについて取材した
4人によって書かれたものです。

ルカはシリア出身のギリシャ人医師で、もっとも美しく優しさに満ちた文章を書く人でした。
12使徒ではなく使徒のパウロの弟子というか朋友でローマで捉えられたパウロを
最後まで励まし寄り添ったといわれています。

ルカは福音書だけではなく「使徒行伝」の著者でもあり、
使徒であるペテロやパウロがどのような布教活動を行ったかを記しています。

ルカの福音書にある「善きサマリア人のはなし」は現代こそ心に刻まなければならない物語だと思います。



ちょこっと聖ジュスティーナのお話~

サンタジュスティーナ修道院そして大聖堂はジュスティーナのお墓の上に建てられました。
熱心なクリスチャンだった貴族の娘ジュスティーナはパドヴァに向かう途中のポー川にかかる
橋の上で皇帝マクシミアウヌスの軍隊の剣を胸に刺され殺されました。
16歳でした。

なマクシミアウヌスの生存期間がAC300年前後ですから、その頃のお話です。
聖ジュスティーナはパドヴァのジュスティーナと記され、
絵画で描かれる場合は殉教者のしるしである棕櫚の葉や純潔のしるしである
ユニコーンと一緒に描かれる場合が多いです。

この教会で最も重要な場所は主祭壇である聖ジュスティーナを祭ってある祭壇でしょう。
その写真を撮っていない・・・というのが私らしいところです(*ノωノ)

正直なところ、このように厳かな聖堂内で、ハッキリと祭壇の見分けがつかないのに、
どれもこれもパシャパシャとスマホを向けるのは心苦しいのでした~💦
なので、どの写真もパッと写したという感じでボケたり中途半端な構図ばかり・・・

サントジュスティーナ修道院訪問は聖書の中の人物という儚いものが、
しっかりと現実の中で繋がったという貴重な体験でした💖

日本人には馴染みはない?サンタントニオ聖堂(聖アントニオ聖堂)

聖アントニオって知らなかったわ~
聖アントニオ=パドヴァのアントニオは縁結び、失くし物、子宝、そして数々の
奇蹟を起こしたという「聖さん(イル・サント)」といえばパドヴァではアントニオって
くらいのパドヴァだけではなく、ヨーロッパなどのカトリック国で人気の聖人なんですって~

お聖さんが直接行った奇蹟だけじゃなく、お聖さんにお願いごとをすれば
叶うという超ミラクルな聖人なのが大人気の要因らしいです(@_@)
失くし物をした時に「聖アントニオさま~」と祈ると見つかるんだって~

サンタントニオ大聖堂もプラート・デッラ・ヴァッレの近く。
サンタジュスティーナ修道院のほうが大きく目立つので、間違う人が多いそう💦

サンタンニオ大聖堂

サンタジュスティーナ修道院が南の外れなら、サンタントニオ大聖堂は中心地に近い立地です。
ヨーロッパや南米などからも巡礼者が訪れる聖堂だけれど「大聖堂」や「ドゥオーモ」ではないの。
パドヴァのドゥオーモは別にあります。

写真のようにファサードはロマネスク様式ですが、上に近い部分はゴシック、ビザンチン様式の
クーポラそしてイスラム様式の鐘楼と、やはりヴェネツィア・スタイルですね~
聖堂の建設はアントニオの死後すぐの1232年年に始まり1310年に完成しております。

訪問時に礼拝が大々的に行われており内部の写真はありません。
最後方で礼拝にしょうしょあずかり、ありがたく聖堂をあとにしました・・・
ブラジルの旗を持った信者の方々が多くを占めていました。
ブラジルからの巡礼団の特別な礼拝だったのでしょう(金曜日でした)

一大巡礼地ですから周りには教会グッズなどやお土産屋さんが多く、
各国の方の混じって、日本の3世代の方を近所でお見かけしました(@_@)
足元もおぼつかないおばあさまと、お母様、それにお孫さんの様な方。
世界中から集まる場所だったのですね~

ちょこっと聖アントニオ~

アントニオはポルトガルのリスボン生まれ。

15歳でフランチェスコ会に入りアッシジのフランチェスコから直接、薫陶をうけたそうです。

とても説教の上手な司祭でした。
その為に改宗者が後を絶たないほどの凄腕の営業マンでした( *´艸`)
36歳でパドヴァ近郊で亡くなったのですが、パドヴァのフランチェスコ会の
隣にあったお墓に参る人々に奇跡が起こり始めたという事です。

またお墓から完成したサンタントニオに亡骸を移す際、
アントニオの舌だけが腐敗のない活き活きとした状態で掘り起こされたので、
その舌は大事に主祭壇に祀られています。

とても有難い教会2か所にお参りできパドヴァ観光がより充実しました。
そして次回はパドヴァでの楽しいディナーの様子を✌