新Y’sクロニクル

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【2025年9月フランス•シャンベリー編②】イタリア統一を成し遂げた名門サヴォイア家の故郷シャンベリーinフランス

 

「Chambery」はフランスの中でもマイナーもマイナー超マイナーな街。

我々が夏のバケーションから戻りRが出社した日にちょうど、あの辺りの駐在員が一時帰国しており「シャンベリ?よどほの歴史好きでもなければいかない街」と言われたそうだ。

 

そのシャンベリに、なぜ行ったのか?

答えはニースよりフランスっぽいと思ったから~(≧▽≦)

当初、フランス行った事が無いのでミラノからニースに行きたいと希望していた

Rだが私の見立てではニースは典型的なフランスというよりイタリアに似ているから

それなら少しでも首都パリに近い方角に行こう!

ミラノからならリヨンが良いのでは?とも思ったが考えたあげく手前のシャンベリという街を見つけそこに滞在することとした。

 

ニースがイタリアっぽいのでシャンベリにしたのだが、ご当地に行って驚いた。

そこは「もっともイタリアンチックな街」と自ら表明していたのだΣ( ̄□ ̄|||)

歴史と地理的な事を考えればミラノから6時間以内で移動できるようなフランスの街は

どこだってイタリアの要素をもっているのだ(´;ω;`)ウッ…

あのリヨンでさえも…

 

とはいっても列車からおりホテルまでの道を歩いていて、やはりイタリアの街というより

フランスの雰囲気で安心した。

 

 

だいたい標識は全てフランス語であ~る!!!←当たり前だ😡

それに木々の感じが違うというか、なんというか。

 

で、ほとんどの人に馴染みがなく観光地ともいえないシャンベリで一番有名な

観光スポットが↓この象の噴水であ~る✌

YouTubeで事前学習していたので、この噴水を見て安堵した。

我々は方角を間違ってはいない✌

 

 

YouTubeでも数少ないシャンベリの観光案内動画で必ずメインとして登場するのだ。

龍や鳥、魚類などの噴水は多いけれど象とは斬新だ。

 

1838年に建てられた噴水で、当時インドで大成功したブノワ・ド・ボワーニュ将軍を称えるために造られたそう。

1751年、当時サルディーニャ王国であったシャンベリーに生まれ軍人としてインドに渡り、インドのある国が軍隊を作るにあたり組織、教育を任されたほどの人物で指導した軍隊は即勝利。

インドの土地までもらい財を成したらしい。色々あって終焉の地もシャンベリー。

 

 

フランスとスイスをミックスしたような街並み。

 

 

それもそのはずシャンベリはオーヴェルニュ=ローヌ=アルプ地域圏(Auvergne-Rhône-Alpes)に属しており↓の中央ピンク部分のスイス至近(赤丸の場所ね)

 

 

下に位置するプロヴァンスと共同で2030年の冬季オリンピック開催都市。

来年2026年はミラノで開催されます。

 

 

フランス・サヴォア県の県庁所在地ですが人口は5万5千人。

周辺人口含めても(フランスでは周辺人口で比較)12万人ほどですが、

観光客も多くは無いのに活気がある街でした。

日本だと30万以上人口がないと、シャンベリのような活気が生まれないのはいかに?

 

古くからの交通の要所なので冬季は周辺への移動含めスキー客が増えるらしいので

観光案内もいちおうありました。

 

 

ワケワカメなフランス語の案内もなんのその(`・∀・´)エッヘン!!
Google翻訳をかざせば日本語が現れる✌

 

 

シャトーなんちゃら通りはお城に通じると書かれている通り、

横を見やればサヴォア城。

 

ここで閑話休題。。。

 

ここまでお読みいただいた方の中には「サヴォイアとかサヴォアとかグチャグチャだな~」とお思いのあなた!!!

フランス語では「Savoie」でサヴォアが一般的だと思うのですがサヴォワと表記していることもあります。

イタリア語では「Savoia」で一般的にサヴォイアと表記されます。

とりあえず文中はフランスの街紹介なので「サヴォア」と表記しています。

 

 

観光自体はあまりないので中の見学をしたかったのですが、その日は例の

デモの日で臨時休館(´;ω;`)ウッ…

 

 

サヴォア宮のメインエントランスの像はサヴォア家のどなたかと思えば、

違いましてこの地出身の反革命政治家であり哲学者だったジョゼフ・ド・メーストルと

その弟で『私の部屋への旅』の著者であり画家でもあったザビエル・ド・メーストルの

像です。

サマセット・モームもディケンズも『私の部屋への旅』からの引用が作品にあるというくらいだから有名なのね・・・

 

 

兄弟そろって故郷の山々を毎日眺めてるのね。

 



サヴォア城はみてのとおり堅牢な造りで要塞を兼ねていました。

11世紀に建てられサヴォア侯爵城またはシャンベリ城ともいいます。

 

 

↓の部分は礼拝堂部分ですが、今はトリノの聖骸布として有名な十字架から

下ろされたイエスを包んだといわれる布は1502年から1578年までここに納められていました。

 

 

聖骸布については過去の記事をご覧ください。

www.kemu-no-tabi.info

 

 



サヴォワ家とは???

 

サヴォア家は、中世以来イタリアとフランスの境界地域を拠点とした名門貴族。

11世紀神聖ローマ皇帝よりサヴォア伯と認められる。

15世紀首都をシャンベリからトリノに移しサヴォイア公国を成立。

18世紀サルディーニャ王国設立。サルディーニャといっても島だけではなくピエモンテやリグーリアそしてフランス一部も支配していました。

首都はトリノ。

19世紀、南イタリアを支配していたハプスブルグ・ブルボン両家を掃討し

イタリア統一を主導しイタリア王国の王家となりました。

 

サヴォア家の始祖ウンベルト1世(サヴォア伯)は前回登場したモーリエンヌで980年頃誕生。

ウンベルトの家系はもともとブルグント王国の貴族。

ブルグントとはゲルマン族の一部族で早くからキリスト教に改宗した一族です。

 

中に入れず周りをウロウロ。

違う入口を見つけた✌

ここからは入れるかも(⋈◍>◡<◍)。✧♡

 

 

はい~やはり閉まっておりました・・・

 

 

サヴォアの首都がトリノに移る前まで首都であったので、中世の街並みの

保存状態が良く、中世物の映画のセットになりそうな街並みです。

 

 

宮殿の前の小さな広場にはハーブの可愛いお店がありました。

 

 

ハーバルオイルやお茶、そしてシャンベリーの絵や絵ハガキなどもあり、

お値段も良心的で店主は優しい良いお店でした。

 

 

フランスの田舎町でもデモ隊が。

く~ぅ。。。お城の中、見学したかったよ~

 

 

解散した後は皆様カフェでビールを楽しんでおりました🍺

 



↓は「サヴォイの為に命をかけて戦った人々の像」

フランスらしいよね。

 



シャンベリの市庁舎↓


 

「HOTEL(オテル)」って書いてるからホテルかと思ったが市庁舎だった。

 

↓も勇ましい感じ(≧▽≦)

 

 

可愛い天使の噴水もあり。

 

 

小さな街だけに緊張感なしで歩ける田舎こそ訪れるべきフランスですね✌

 

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