
「リヨンはシャンベリよりパリっぽい」という独自の解釈で来たリヨン。
滞在も朝9時からお昼の14時30分くらいまでというスケジュールなので
ランドマークを目指した。
リヨン発祥の地フルヴィエールの丘にあるノートルダム大聖堂へ。
いつも書いているけれど、とにかく大聖堂は行かなきゃね✌
ベルクール地区とサンジャン地区をむすぶソーヌ川にかかるボナパルト橋を渡ります。

大昔、小高い丘の上から栄えたんだな。



大聖堂の建つフルヴィエールの丘まではケーブルカーを使います。
「Vieux Lyon(古いリヨン)」駅は地下鉄D線と繋がっている小さな駅だったので
乗れば着くだろうと考え案内板も何も見ずに乗客が並んでいる場所に行きました。
改札はクレジットカードをかざすだけ。
今は一日券とか買わなくなりました。

お隣のラインを見ると並んでいる人が少ないので、お隣に移動しました。
小さな駅の隣り合っている乗り場・・・なんとこれ別のラインだったのですΣ( ̄□ ̄|||)
上の写真をご覧になるとわかるんですが1号線「Saint-Just行き」
2号線「Fourvière行き」
断然Fourvière行きのほうが並んでいる人が多いのです。
ていうか、行き先が別だと乗車してからわかった(≧▽≦)
行き先だけじゃなく別ラインだとはね~
でもさ~「Saint」がついてる行き先だから大聖堂に行きそうじゃない???

「しゃ~めい~」とあきらめて乗っていたのですが次の駅「Minimes」の下に
「Lugdunum - Muséeet théâtres romains」と案内が✨
そ~いえば~リヨンに古代ローマ劇場があったなと💡
で、ここで下車。
そもそも乗車客が少なかったのですがほぼ全員といえる私たち含め8人程度が
ここで降りました。
降りてすぐ目の前がローマ遺跡っぽい!!!

社会科見学のグループなどやツーリストがそこそこいました。
カエサルのガリア征服後に副官によって建てられた街リヨン、その発祥の地が
フルヴィエール・・当時リヨンは「ルグドゥーム」と呼ばれていました。
正式な都市名は非常に長くコロニア・コピア・フェリックス・ムナティア、後にコピア・ルグドゥヌムと名付けられ最終的にはコロニア・コピア・クラウディア・アウグスタ・ルグドゥヌムとなりました。
ルグドゥームの「ルグ」はケルトの光の神の名前です。
ということはこの石達は2千年以上にわたり、この地を
眺めていたのだと想像すると感慨深い。。
この紀元前3世紀から西暦5世紀後半までの時代をガロ・ロマン時代といい
ローマによるガリア支配の時期をさします。

ローマによる征服前からガリア人がこの丘に住んでいたとされていますが
カエサルの副官によってルグドゥヌム(Lugdunum)建設によりリヨンの発祥とされています。
ルグドゥヌムだけの中心ではなくガリア全土の首都でした。

フルヴィエールという名前はローマの「フォーラム」が変化した名前だそうです。
ウッツ・キョ~!!!←へんな叫び声(≧▽≦)
2千年前の彫刻じゃないか~感動してます(≧▽≦)

おい、おいなんだよ、この壁は~
円形劇場の一部らしいのですが完全に歩いてるじゃん!古代人も~

古代劇場の客席。
今でも夏になるとコンサートなどが開催されています。
古代から1万人収容できる座席数。

若者達も他の見学者も自撮りしているんで試してみたが、自分で驚き
半顔で写真に収まる・・・(≧▽≦)

上の写真左上に見えるのはガロ・ローマン博物館。
足腰に来るね~
みんな頑張るよね~
この大きな劇場のお隣にオデオンという小さな劇場もあります。

円形闘技場、シアター、神殿などの複合施設でした。
死と再生の女神キュベレーを祭った神殿はほんの少しの土台が残っているだけだそうです。


古代にガリア3州の首都であったリヨンは16世紀にフランス初の証券取引所を開設、
イタリアとの関係が強かったのでフランス・ルネサンスもリヨンから広まりました。
スパイ小説や映画などで登場するインターポール(国際刑事警察機構)も本部は
リヨンにあります。
当初、目指した場所と違うところに出てしまったけれど、古代ローマ遺跡を見学できてラッキー(⋈◍>◡<◍)。✧♡
本来の目的地ノートルダム大聖堂も、ここから歩いて10分程度。
さ~あ、向かいましょう~