
あ~やっちゃったよ~💦
この記事を書くにあたって調べていたら、なんと行く予定のブラッスリー、
完全に違ってたΣ( ̄□ ̄|||)
「赤の外観」と思い違いをしていた・・・
違うな~、なんか違うな~と思いながら違うブラッスリーで食事をしていたことが判明したわ・・・
いや違うわ、そもそもビストロだったし。
まあ、気を取り直してっと・・・・
ソーヌ川とローヌ川にはさまれたプレスキル地区の北側はリヨンで一番にぎわっている地区です。
特にメルシエール通りは有名なブラッスリーやブションが軒を並べておりひときわ賑わいをみせていました。
しかしこの通りにレストランが出来だしたのは1970年台初頭らしく意外。
メルシエール通りとモネ通りの交差した場所に1974年『ビストロ・ド・リヨン』が
オープンし、その後続々とこの通りにレストランがオープンしました。
その当時、ミシュランを最年少で取ったシェフがオープンさせたので「シェフのビストロ」と呼ばれたそうです。

一軒のレストランがこの通りに賑わいをもたらせたのですね。


ビストロ・ド・リヨンはもともとは商館だった建物の1階。
この「赤」を見るとフランスって感じがします。
イタリアも赤を取り入れたインテリアやエクステリアが
ありますが(特にミラノ)なんだろう・・・違うんだよな~フランスとイタリアでは。
フランスはやはりアールヌーボーの時代っぽく大衆的で退廃的なイメージで
イタリアはもっと古いクラシカルな貴族的赤ってイメージ・・・あくまで私見です( *´艸`)

中に入ると全く想像していなかった全体がアールヌーボー😍😍😍
アールヌーボー好きにはたまりません。

想像と違い店内はそんなに賑わっていませんでした。
(そりゃ、そうだ違うお店だったんだから)
天井から何から素敵~(⋈◍>◡<◍)。✧♡


ハウスワインとアラカルトを。
事前に調べた時にはオニオングラタンスープもエスカルゴもあったのに
メニューにない。
明るい店員さんに聞くと「冬じゃないからないの、なんだろう今日は?あちらのご夫婦もオニオングラタンスープって(笑)」って言ってた。。。
リオンでも食べられないのかオニオングラタンスープ(´;ω;`)ウゥゥ

ハウスワインと共に出てきたのは豚の皮を揚げたもの。
やはりこれもニューオリンズで出るやつだ~Σ( ̄□ ̄|||)
またまたタルタル~

こちらも、またまたグラタン・ドフィノワとリヨン名物ピスタチオのソーセージ。

あとはチキンのクリーム煮みたいの。

どれも、そこそこの美味しさなんだけどチキンだけが今まで食べた
チキンの煮込みと全く違ってたΣ( ̄□ ̄|||)
なんというか肉質が滑らかというかシルクのようというか???
これがブレス鶏の威力なのだろうか???
観光客もいたけど、割と地元の常連さんのような方もいました。

リヨンまで来て典型的なビストロ料理が食べられずがっかり。。。
食後のスイーツは食べずエスプレッソでしめました。

2階にあるトイレがまた素敵💕💕

階段から眺める店内がまた素敵💕💕💕

このビストロは、とにかく接客が明るく最高でした。
お料理は普通なんだけど( *´艸`)
でもね、ここのオーナーさんはリヨン料理を推進する大御所でリヨンを代表する
通りとなった最大の貢献者なんだそうです。
お店は本来希望していたところとは違っちゃったけどフランスらしい
素敵な雰囲気だったので良しとしよう('◇')ゞ
因みに本来、ここに行きたいと思っていたブラッスリーはこれね↓
フランス最大のブラッスリーで欧州でも最大規模のひとつなんだって。
雰囲気は大満足だったレストランを後にバスターミナルに向かいました。
プランタンやブランドショップもあったりとパール・デューと共に商業地区なんでしょうね。
↓ジャコバン広場。

噴水の4体の立像はリヨン出身の芸術家らしいです。

リヨンには16世紀に多くのイタリア人(フィレンツェなどの)が移住しました。
その当時の欧州の大都市にはフィレンツェなどの銀行があり多くのイタリア人が
暮らしていたそうです。
「リヨンは欧州で有数の商業都市のひとつであり、誰もが知っている通りイタリア以外で一番多くイタリア人に出会うところである。」
シャンベリーは「もっともイタリア風な街」でリヨンはイタリア人が多いのか・・・
フランスを求めてやってきた両都市だけど結局イタリアっぽい街だったわけで💦
でも建物はフランスっぽいからいいか・・・

とてもアールヌーボーなビルディング発見(⋈◍>◡<◍)。✧♡

好きだわ~こーゆービルディング😍
足の長いケム(豚)発見(≧▽≦)

バスターミナルに向かう前にチョコレート買わなくっちゃ✌