新Y’sクロニクル

下町在住、三丁目の夕日時代に生まれた主婦が海外旅行を中心に美味しいものなどの情報共有そしてプロゴルファー松山英樹の応援も!

マスターズが消えた4月カミュの「ペスト」を読む。

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「今年こそ頼むよ~松山~」

 

5時台には寝室までまぶしい朝陽が入り込み

早朝にTVスイッチを入れると美しく咲き乱れたアザレアとパインの

美しい緑と共に「オ~ガスタ🎵」のテーマソングが流れ

「あ~今年も春本番だな~」と暖かな気候が続く日々に

懐かしさも伴う幸福を感じながら

「お~お~11番アーメンコーナーに入ったか~がんばれ~松山~」

と4日間、徹夜で松山英樹を応援する日々が消えてしまうなんて

考えもしなかった。

 

現地時間4月9日、日本では昨夜からマスターズが開催される予定だった。

私にとっても春のメインイベントであるこのゴルフの祭典が消えてしまう

日常を迎えるなんて想像できる要素など1mmもなかった。

 

(今朝起きるとケム(ベイビーピグレットのぬいぐるみ)はcovid19の

無い世界という妄想の中にいるので( ´艸`)

「ダスティン・ジョンソンが13番でトラブっちゃってね~」

なんて言ってました(笑))

 

 

今でも紛争が続く地域に暮らす人々や話に聞いたり映像で見たりする

戦時下の人々の気持ちや状況が実感として感じる事が出来る事に

なるとは思いもしなかった。

 

防空壕の中で息を殺しながら爆撃機が通り過ぎる事だけを

願っていた人々の祈りが自分の事として想起される。

 

物理的には今の状況は紛争や戦争などの状況下に置かれている人々よりも

ずーっと死の恐怖からは遠いと思う。

なのに飛び込んでくる多すぎる情報で恐怖は戦時のそれと同じくらいに

増幅されているようだ💦

 

感染症流行はかならず終息するという歴史的事実がある。

それは疑いようの無い事でしょう。

ただ月単位、年単位での終息宣言になるので、今回の場合は

感染症の心配がなくなった時点で世界の仕組み、とりわけ

経済がどのような状態になっているのか想像も出来ないのが

怖い💦

 

歴史的大転換の前にはかならず感染症の大流行が人類を襲いました。

それによって人類により良いシステムが構築されてきたわけですが、

それを2020年に経験する事になるとは。。。(*ノωノ)

 

歴史上でもっとも恐れられていた感染症はペストでしょう。

16世紀ペストの流行でイングランドやイタリアは人口の80%がこの

病気で命を失ったとあります(@_@)

最大のペスト流行は14世紀とされヨーロッパの人口の30%が死亡したと

されています。

 

そこで先人はどのように、このような危機を乗り越えたのか?という

疑問のもとにカミュの代表作であるペストを読んでみました。。。

 

売り切れ続出のカミュ「ペスト」は今の状況とそっくりでびっくり

カミュの作品は、そんなに読んだことはないし詳しくも無いので、

この作品もことは全く知らなかった

NHKで取り上げていたので本屋で探したら見当たらない。

それもそのはず今年の1月くらいから新型コロナウイルスの広がりで

売れて増刷されているほどなんだって(@_@)

 

増刷されている割に書店には無かったのでキンドルに落とした。

昔の作品なので無料かと思ったら350円くらい?

でも本屋で買うよりはずーっと安かった。

 

カミュなので「不条理」は欠かせません。

その不条理が「ペスト」という形でフランス領アルジェリアのオランを襲うという設定。

 

1947年に出版された小説で、おそらくカミュ自身はペストの流行を経験して

いないのでは?と思われます。

 

カフカの個人に起こる不条理を描いた「変身」に対してカミュも「異邦人」

で個人に起こる「不条理」を描きましたが、「ペスト」は第一次世界大戦終結後すぐに発表された作品で群衆に起こる「不条理」を描きました。

 

(本屋さんでカミュとカフカがぐちゃぐちゃになりカフカの棚を探した事は

ないしょです( ´艸`))

 

「ペスト」の作品の中でも言及されているカフカの「審判」と比べると

同じ不条理でもカフカよりカミュは「人間力」を信じていたのかも?

と思わされました。

カフカの作品は根っこに「神を捨て去る事は出来ない」作者自身を

感じますがカミュはまるっきりの実存主義に思えます。

 

「異邦人」「シーシュポスの神話」しか読んだことがない私は初見ですが、

代表作といわれる「ペスト」ですから、読んだことがあるかたが多いと思うので

あらすじは省きますが、

なんの変哲も特色も無い街におびただしいネズミの死骸が目撃されるようになり、

やがて人間の間に感染が広がるという物語が記録風に書かれています。

 

役所の対策が後手後手にまわったり、今でいうフェイクニュースや

目に見える事柄だけセンセーショナルにあおるメディアなどは

まったく今起きている事と変わらなく感じました。

 

『天災というものは、事実、ざらにあることであるが、しかし、
そいつがこっちの頭上に降りかかってきたときは、容易に天災とは信じられない。
この世には、戦争と同じくらいの数のペストがあった。

しかも、ペストや戦争がやってきたとき、人々はいつも
同じくらい無用意な状態にあった。』

 

『戦争が勃発すると人々はいう「こいつは長くは続かないだろう、あまりにも
ばかげたことだから」。そして、いかにも戦争というものは
確かにあまりにもばかげたことではあるが、しかしそのことは、といつが
長続きする妨げにはならない愚行は常にしつこく続けられるものであり・・・・中略
・・・
やがて過ぎ去る悪夢だと考えられる。ところが、天災は必ずしも

過ぎ去らないし悪夢から悪夢へ、人間の方が過ぎ去っていく事になり・・・』

 

今回の様に急速に広がった感染症は天災の一種でしょう。

天災や戦争といった人間にとって不条理な事が降りかかった時に

一般の私たちは不条理を否定する事から入ります。

 

私も今回の新型ウイルスが、このように急速に自分の生活を

脅かすとは思ってもいませんでした。

もちろん心配はありましたがカミュいうところの「抽象」として

捉え安全側に留まっていました。

 

今でも数字で表す主に膨大な欧米においての感染者数や

死亡者数を見て「ナンバー」としてしか考えていない自分が

いるのも事実です。

 

そして都内の「ナンバー」はその抽象ゆえに抽象的な

恐怖を覚えるのも確かです。

 

『彼らは取り引きを行うことを続け、旅行の準備をしたり、
意見をいだいたりしていた。
ペストという未来も、移動も、議論も封じてしまうものなど、
どうしてかんがえられたであろうか。

彼らは自らを自由であると信じていたし、しかも、天災というものがあるかぎり、

何人も決して自由ではありえないのである。』

 

物語の中でも天災は急激に終息し、おそらく世界のシステムは大きく変わったにも

かかわらずけっきょく人間は変わらない。

しかし普通のそんな人々をそのままに認め合う、そこには神もヒーローも

必要なくそんな立派ではないけれど、個々人がささやかで個人的な

やるべき事を誠実にこなす、それこそが人間のあるべき姿なのだと

カミュは考えているのでしょうか?

 

この小説は名作と評判の高いものですが、私には困った事に

訳が古く文章が読みにくい(*ノωノ)

1950年に日本では宮崎嶺雄さんというフランス文学者によって訳されました。

日本語の意味が分からない状態なので新訳が現代語で出てくれれば、

難しいカミュの理解も違うのにね~と思いました。。。

 

今はまだ世界がこのような状態ですが、一日も早く
オランのように日常が戻ってくることを願うばかりです。

 

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